小林のプロフィール

本日2回目の投稿。

皆様お元気様でございます。

今朝の新聞にも、今までの新聞にも、小林の経歴が正確に書かれていないので、ここで訂正を兼ねてご報告いたします。

訂正する箇所は自衛隊での経歴です。

小林は高校卒業後、陸上自衛隊に入隊いたしました。

まず配属されたのは、第一教育団武山です。

現在は廃止されたようですが、神奈川県横須賀市にありました。

第一教育団があった駐屯地は現在もあります。

海上自衛隊の教育隊、そして少年工科学校と隣接していました。

海に面していて、いつも心地よい風が吹く、とてもいいところでした。

全ての自衛官は、各地の教育隊で新隊員教育を受けるわけですが、自分はここで前期の新隊員教育を受けた後、後期教育を受けるため、自分の原隊となる、第31普通科連隊朝霞へ配属されます。

現在31普連は、朝霞駐屯地から武山駐屯地へ移り、部隊の性格も自分がいたころとは変わったようです。

訂正されるべき個所はここなのですが、新聞では、武山から朝霞に配属される時に、レンジャー部隊に配属されたと書かれますが、常設のレンジャー部隊というのは当時はなく、自分が配属されたのは今ほど申し上げた、いわゆる歩兵部隊である、第31普通科連隊です。

新聞記事を自衛隊事情に詳しい人が読むと、うそをついているように見えると思います。

レンジャー訓練を毎年行わない部隊もあり、任期制隊員が一期2年のうちにレンジャー訓練を卒業するのも珍しいのです。

自分は運よく、入隊した翌年の春の訓練に参加できました。

だれでも行けるわけではありませんし、基本的に、行かなくてもよいならいかないものだと思います。

レンジャー小唄には
「ひとつとせ、人の嫌がるレンジャーに、好んでくるよなばかもいる、そいつぁレンジャーだねそいつはレンジャーだね」
という節があるのです。

はたちの誕生日を、山の中で迎えました。

レンジャー訓練のことはいずれ書いてみようと思いますが、まぁ本当に、すごくつらいですね。


無事、なんとかレンジャー訓練を終えて、その翌年1月、阪神淡路大震災が発生しそれに出動、その半年くらい後に退職します。

レンジャー訓練卒業後の翌年のレンジャー訓練では、嬉しいことに、レンジャー訓練助手のお誘いを受けました。

助手としてのお誘いは大変ありがたく、とても参加したかったですが、お坊さんになりたいという子どものころからの想いもあり、退職することを決意しました。

あの時助手を受けていたら、そのまま自衛隊に就職していたかもしれません。


そんなこんなで、あちこちで自衛隊のイメージが強い小林ですが、わずか2年間しか在隊していないのです。

しかしながら、小林は、在隊中の殆どを教育訓練で過ごしました。

通常の訓練は、他の同期隊員の半分くらいしか受けていないかもしれません。

2年間ずっと、新人のままみたいな感じだったので、自衛隊らしさが身に着いたのかもしれません。

現在は見る影もありませんが。。。(泣)

そんなところで、選挙も近いので、経歴の訂正をさせていただきました。

CIMG6940.jpg
正真正銘本物のレンジャーバッジです。
もちろん小林のものです^^



今日もありがとうございます。